クラシック音楽にまつわる著作権 - 楽譜編
クラシック音楽周辺の著作権の扱いはとても複雑ですので、調べたことをまとめておきます。
「公開したTipsが実は法に抵触していた!」なんてことにならないための予習を兼ねて。
今回は楽譜の著作権について整理します。
もう一つ気にしている録音の著作権は改めて整理する予定です。
なお、当記事は不正確な情報を含んでいる可能性があることをご了承ください。
当記事の内容に関して発生するいかなる損害も責任を負いかねます。
楽譜のコピーは作曲者の没後50年以降であれば原則OK
楽譜には作曲・出版など権利が発生しそうな作業が複数関与しややこしいです。
結論を先に述べると、楽譜に関して出版者の権利は原則認められず、作曲に関する権利が残っているかどうかで判断すれば良いようです。
(校訂の扱いは後述します。)
作曲(楽曲そのもの)・出版・校訂の権利についてそれぞれ詳しく見ていきましょう。
楽曲の著作権は作曲者の没後50年(くらい)で消失
「没後50年」はベルヌ条約で定められている著作権保護期間で、日本を含む多くの批准国がこれを採用しています。
ただし同条約では保護期間の延長を認めており、例えば同じ批准国のEUやアメリカはでは保護期間を没後70年と定めています。
また戦時加算のような特例もあり、著作権が消失する正確なタイミングは分かりにくいです。
正確なタイミングを知る必要が出たら(なかなかそんな機会はないと思いますが)、JASRAC等に問い合わせるのが確実です。
出版作業には著作権(著作隣接権)が発生しない
世に出回っている楽譜は作曲に加えて出版の作業も経ているので、上で述べた楽曲そのものの著作権に加えて、出版に関する権利の有無を考える必要があります。
しかし2016年時点の日本の法律では、出版に対して特別な権利を認めていないようです。
著作隣接権
楽曲の周辺に発生する権利は、著作隣接権として保護されています。
著作隣接権とは? | 著作権って何? | 著作権Q&A | 公益社団法人著作権情報センター CRIC
著作隣接権は、楽曲の伝達に重要な役割を担う
- 実演家
- レコード製作者
- 放送事業者
- 有線放送事業者
に認められている様々な権利です。 *2
出版者の著作隣接権は認められず
ただし2016年時点の日本の法律では、出版者の著作隣接権を認めていません。
*3
つまり楽譜に発生している権利は、楽曲そのものに対する著作権のみと考えられます。
「無断コピー禁止」の文言の意味は?
作曲者の著作権が消失している楽譜でも「無断コピーを禁ずる」等の文言が記載されている場合があります。
しかし出版者の著作隣接権が認められていないことを考えると、これは具体的な法に則った主張でなく、いわばただのお願いであると考えられます。
*4
出版業界は著作隣接権獲得に向けて活動中
「無断コピーを禁ずる」からも伺えるように、出版業界はこの状況を良しとしておらず、出版物に関する権利の法制化に向けた様々な啓蒙活動を行っているようです。
活動の成り行き次第では、近い将来出版者にも著作隣接権が認められるようになるかもしれません。
校訂者の権利は曖昧なため、出版者のルールに従うのが無難
作曲者・出版者に加えて楽譜に関与しうる人として、校訂者が挙げられます。
校訂したものを著作とみなすかは非常に難しい問題のため、現時点ではトラブルを避けるためにも出版者の言い分に従うのがよいと思われます。
作曲者と別に校訂者が存在する楽曲
例えば僕が最近演奏した中では、マーラーの交響曲第2番「復活」のキャプラン版は作曲者と別に校訂者が存在します。
楽曲そのものの著作権はマーラー(1911年没)の没後50年で消失していますが、校訂者であるキャプラン(2016年没)
の著作権が認められれば、キャプラン版の楽譜の著作権は2016年時点でも認められることになります。 *5
校訂に対する著作権の有無は非常に曖昧
この校訂者の著作権については、今のところ明確な結論が出ていないようです。
イギリスでは校訂者の著作権を認める判例があるようですが、このケースに特有の事情が多分に含まれているようで、他の事例に容易に援用できるかは疑問です。
また、日本でも楽譜でなく古典文学の校訂に関して議論があったようですが、結論は出ていないようです。
出版者のルールに従うのが無難
そんな曖昧な状況なので、面倒な係争を避けたいのであればひとまず出版者のルールに従っておくのが良さそうです。 *6
参考:著作権が消失していない主な作曲家
著作権消失のタイミングの判断は前述の通り難しいですが、この辺りが参考になりました。
ここに挙げられている中でもコダーイ、ハチャトゥリアン、アンダーソン辺りはよく聞く名前ですし、 その他にも
辺りの作曲家はまだ著作権が消失していなさそうです。
著作権が消失していない楽曲の扱いは…?
楽曲の著作権が残っているとなると、その次は
といった議論が起こりえますが、他に譲ります。
おわりに
今回調べた限りでは「作曲者・校訂者の著作権が切れた楽譜はコピーしても問題ない」と考えて良さそうです。
これで安心して楽譜の製本やコピーに関する記事を書けそうです。
と、ここまで書いておいて今更ですが、僕は楽譜を買えるときにはなるべく買うようにしています。
特にソロや室内楽のように規模が小さければ楽譜の原本管理も比較的容易ですし、出版社が印刷した楽譜のほうが綺麗です。
なによりちゃんと出版されている楽譜だとモチベーションが上がりやすいです。
また、誤解のないように書いておきますが、この記事に著作権の侵害を助長・推奨する意図はありません。
著作権を侵害する違法行為は止めましょう。
*1:より正確には没年の50年後の12月31日。
*2:実演家であれば演奏を録音・配布する権利、レコード製作者であればレコードを複製する権利など
*3:この背景には小説の文庫化など出版業界の様々な慣例や利害関係があるようですが、ここでは割愛します。
*4:ただしこれは楽譜部に限った話で、例えば表紙のデザインにはデザイナーの著作権、楽曲解説には執筆者の著作権が発生していると考えられます。
*5:ブルックナー(1896年没)の楽曲を校訂したノヴァーク(1991年没)等についても同様のことが言えます。
*6:僕がマラ2のキャプラン版に乗ったときも、楽譜レンタル業者の規約に準じたため気軽にコピーというわけにはいきませんでした。